わたしは、アメリカのデトロイト市で、フォードの経営者やUAW(全米自動車労組)の代表と会ってロボット化について質問したが、労使双方ともおなじ意見だった。ロボットを導入しないと国際自動車戦争に敗れる、という意見である。全世界的にロボット化がすすめられる。ライバルに負けないために、敵を打ち倒すために。ロボットによる、代理戦争である。そのことは、工場の中で檻の部分が拡大し、工場全体がロポット園になることをも意味している。すでに兵器工場では、立ち入りチェックがきびしい。工場の中にもうひとつの檻がつくられ、ひろがり、工場全体が檻になりつつある。
ロボット化か秘密工場化にむかってすすむ。すでに、各企業、各工場のコンピュター化である。無人化は、非人間化の極限である。わたしは、日産座間工場の檻とビニールカーテンのわきを通り抜けながら、さいきん見学したおもちゃ工場を思いだしていた。おもちゃは、いまやほとんどLSl(大規模集積回路)を使ったエレクトロニクス玩具になっている。「ゲーム&ウォッチ」がその流行をつくった。ボタンを押すと液晶の動物や人間が動く。妨害物に当らないように行動させると点数がふえる。インペーダーゲームをポケット型にしたこのゲームが、いまのおもちゃの主流である。
だから、おもちゃ工場はいまや電機工場とおなじ光景となった。プリント基板に電子部品を埋めこむコンベア労働が中心である。コンベアではたらいている女子労働者(ほとんどがパートタイマー)の手首には、銀の鎖が巻きつけられていた。静電子の発生を防ぐためである。静電子がLSlに組みこまれたプログラムを混乱させてしまう、ときかされても、彼女たちが鎖によってコンベアに縛りつけられていることに変わりはない。
自動車工場の檻とおもちや工場の鎖。工場がコンピュータ支配による生産の場となって、労働者は囚人と化した。このことが、コンピュータ文明の未来を象徴しているようである。それでも、囚人となっても職場があればまだ幸せというものかもしれない。経営者の夢は「無人化工場」である。労働者を工場から駆逐すればするほど会社が儲かる。人間よりもロボットが大事にされる社会となる。百恵が引退しても、工場では、百恵第二号、百恵第三号が簡単につくりだされる。
『ロボット製造会社R・U・R』は、人類が滅び、咸丿情をもった男女のロボットが出現するところで終わっている。作者は、苦い想いをこめて、それをアダムとイブになぞらえている。コンベア労働の体験を日記にして出版したわたしの『自動車絶望工場』を、『自動車絶滅工場』と呼ぶ労働者は多かったし、いまでも多い。しかし、さいきんでは、「絶滅工場」に彼らの実感がこめられていた、ということがわかるようになった。ロボット絶望工場とは、「人間絶滅工場」なのである。
2014年12月5日金曜日
乱世の雄・治世の雄
『スカルノとスハルト偉大なるインドネシアをめざして』白石隆岩波書店、英雄が時代を創るのか、時代が英雄を生むのか、古くて新しい関心である。社会の基盤が揺らいで未来が不透明な「乱世」においては、傑出した指導力と行動力をもつ英雄が権力と権威を手にして時代を切り拓いていく。「治世」にいたれば未来は予測可能となり、現世を安定的に統御する社会的要請が生まれ、それに応えて新しい指導者が輩出するのであろう。
乱世においては乱世の、治世においては治世の時代を担うにふさわしい人物が登場して歴史が紡がれていく。東アジアの指導者、毛沢東、朴正煕・全斗煥と盧泰愚・金泳三も、そうした観点からの対比が可能なように思われる。インドネシア建国の半世紀を担った英雄がスカルノとスハルトである。本書は二人の思想と行動を現代史に縦横にからませて語った著作である。乱世を背景に登場した理想主義的な革命家としてのスカルノ、安定と開発をめざした治世の政治家としてのスハルトの人物像の中に、現代インドネシア史を臨場感をもって浮かび上がらせている。
社会的安定性を維持しながら経済開発を成功させようという権威主義的な開発のスタイルがスハルトのものであり、現実主義的な彼はその追求に少なくない成果を勝ち得た。しかし、スハルトの治世下で育った中産層や学生たちはこの重苦しい権威主義体制から逃れようとしている。その社会的摩擦が、スカルノの長女メガワティの民主党総裁選出に端を発した一九九七年七月のジャカルタでの暴動であったという。
ここではスハルトのアンチテーゼとしてスカルノが「記号化」されている。このインドネシアの動向は、改革・開放の経済的高揚期の中国において毛沢東が、政治的民主化時代の韓国において朴正煕が「再評価」の対象になっている事実と通底している。インドネシアが、そしてアジアが建国の英雄たちの呪縛から自由になることはまだ容易ではないようである。
乱世においては乱世の、治世においては治世の時代を担うにふさわしい人物が登場して歴史が紡がれていく。東アジアの指導者、毛沢東、朴正煕・全斗煥と盧泰愚・金泳三も、そうした観点からの対比が可能なように思われる。インドネシア建国の半世紀を担った英雄がスカルノとスハルトである。本書は二人の思想と行動を現代史に縦横にからませて語った著作である。乱世を背景に登場した理想主義的な革命家としてのスカルノ、安定と開発をめざした治世の政治家としてのスハルトの人物像の中に、現代インドネシア史を臨場感をもって浮かび上がらせている。
社会的安定性を維持しながら経済開発を成功させようという権威主義的な開発のスタイルがスハルトのものであり、現実主義的な彼はその追求に少なくない成果を勝ち得た。しかし、スハルトの治世下で育った中産層や学生たちはこの重苦しい権威主義体制から逃れようとしている。その社会的摩擦が、スカルノの長女メガワティの民主党総裁選出に端を発した一九九七年七月のジャカルタでの暴動であったという。
ここではスハルトのアンチテーゼとしてスカルノが「記号化」されている。このインドネシアの動向は、改革・開放の経済的高揚期の中国において毛沢東が、政治的民主化時代の韓国において朴正煕が「再評価」の対象になっている事実と通底している。インドネシアが、そしてアジアが建国の英雄たちの呪縛から自由になることはまだ容易ではないようである。
2014年11月6日木曜日
アジア諸国に産業革命
たまたま近年、日本周辺のいくつかのアジア諸国に産業革命が続発し、それら諸国は近代化・産業化への道を歩み始めた。これまで近代化・産業化は、日本を唯一の例外として、もっぱら西欧的・欧米的な事件だったから、「アジアの時代」の到来は、たしかにこれまでの歴史の常識に対して、書き換えを迫るたぐいの大事件である。
これまで、近代化・産業化は、白人だけに可能な事柄であり、非・白人として唯一それに成功した日本は、せいぜいのところ、非常な変わり者とみなされてきたにすぎない。知識人がしばしば口にする「日本特殊性」論とは、究極のところそういうことだろう。ところが「アジアの時代」の到来は、それを実行できるのが、けっして日本人だけではないことを実証した。そこに、日本の前例が大きな励ましとなっていることは、ほぽ疑問の余地がないだろう。
しかしその点は(とくに、人種問題のようなデリケートな問題は)、日本人がことさら大声で言い立てるべきことではないだろう。私たち日本人は、それを胸の奥底深く秘めて、ひそかな誇りとすれば足りる。とくに既成勢力である白人にとっては、それは非常に気になる事柄であり、できることならばいちばん触れられたくないことかもしれない。また、非・白人であるアジア諸国の人たちにとっても、日本が「よき前例」だなどと言っては、彼らのプライドを傷つけるかもしれない。
いずれにしろ、こうして、アジアに対する人びとの関心は、いまや高まりに高まっている。いまから四半世紀あまり前、私が一年間インドネシアに住み、その政府で働くという形で、最初の「アジア体験」をしたころには、たとえば日本の書店には、アジア関係の本などほとんど並んではいなかったし、雑誌の編集者などは「『アジア特集』は絶対に売れない」と言うのが常だった。それも悲しかったが、それとは様変わりの近年のアジアーブームも、私は手放しで喜ぶ気にはなれない。なぜならそれは、あまりに唐突で、バブルの臭いがするからである。
とくに気になるのは、アジアで大きな力を持つ中国系の華僑資本が、言わば商業資本的で、短期間での資本の回収を重視しすぎるところである。したがって、商業やホテル・不動産関連のプロジェクトはスムーズに伸びるけれども、資本の回転期間の長い製造業などは、どちらかと言うと不得手とする。ひとくちで言うと、それは「拝金主義」的に過ぎる。カネにまったく関心がなくては、産業革命は起こせないが、他方、カネに対する関心が強すぎても、うまく行かないのではないか。
これまで、近代化・産業化は、白人だけに可能な事柄であり、非・白人として唯一それに成功した日本は、せいぜいのところ、非常な変わり者とみなされてきたにすぎない。知識人がしばしば口にする「日本特殊性」論とは、究極のところそういうことだろう。ところが「アジアの時代」の到来は、それを実行できるのが、けっして日本人だけではないことを実証した。そこに、日本の前例が大きな励ましとなっていることは、ほぽ疑問の余地がないだろう。
しかしその点は(とくに、人種問題のようなデリケートな問題は)、日本人がことさら大声で言い立てるべきことではないだろう。私たち日本人は、それを胸の奥底深く秘めて、ひそかな誇りとすれば足りる。とくに既成勢力である白人にとっては、それは非常に気になる事柄であり、できることならばいちばん触れられたくないことかもしれない。また、非・白人であるアジア諸国の人たちにとっても、日本が「よき前例」だなどと言っては、彼らのプライドを傷つけるかもしれない。
いずれにしろ、こうして、アジアに対する人びとの関心は、いまや高まりに高まっている。いまから四半世紀あまり前、私が一年間インドネシアに住み、その政府で働くという形で、最初の「アジア体験」をしたころには、たとえば日本の書店には、アジア関係の本などほとんど並んではいなかったし、雑誌の編集者などは「『アジア特集』は絶対に売れない」と言うのが常だった。それも悲しかったが、それとは様変わりの近年のアジアーブームも、私は手放しで喜ぶ気にはなれない。なぜならそれは、あまりに唐突で、バブルの臭いがするからである。
とくに気になるのは、アジアで大きな力を持つ中国系の華僑資本が、言わば商業資本的で、短期間での資本の回収を重視しすぎるところである。したがって、商業やホテル・不動産関連のプロジェクトはスムーズに伸びるけれども、資本の回転期間の長い製造業などは、どちらかと言うと不得手とする。ひとくちで言うと、それは「拝金主義」的に過ぎる。カネにまったく関心がなくては、産業革命は起こせないが、他方、カネに対する関心が強すぎても、うまく行かないのではないか。
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