街でスナップ写真を撮るときも、相手が気がついたら「ありがとう」と言ったり目礼をするのが礼儀です。撮られることが不本意で拒否の意思表示があったときは、素直にしたがいましよう。アメリカでは写真家が街でスナップ写真を撮っても、その場でその人の使用許可のサインを取っておかないと、使ったときに人権侵害で訴えられることもあるそうです。スナップショットのショットには、撃つという意味もあります。ところかまわぬ乱写は、乱射に通じます。弾丸こそ発射されませんが、人を傷つける凶器にもなります。カメラは使い方しだいで、毒針にもなれば正義の剣にも慈母の目にもなります。写真を撮るには、それなりの責任がともないます。カメラを毒矢や狙撃銃にしないよう、特に公共の場所でのマナーには気をつけたいものです。
写真を長く楽しむためには、身近にカメラを向けたくなるような場所があるのがいちばんです。お気に入りの。狩り場”あるいは。畑”といったら大げさすぎるでしょうか。そこに行けば、ともかく獲物がいる、美味しい野菜がある、必ず何かしら面白い被写体がある、いい写真が撮れそうな予感がする、そんな場所です。いつも子供と遊びに行っている児童公園、毎日のように買い物に行く商店街、歩きなれたハイキングコース、若者たちでにぎわう週末の繁華街どこでもいいのです。
わが家の近所のお寺の境内は、四季折々、さまざまな表情を見せてくれます。満開の桜の下をそぞろ歩く花見客、木陰で涼みながら読書にふける学生さん、落ち葉の上を走り回る保育園児たち、雪合戦に興ずる子供たち。出かけるたびに目新しい光景に出会えるので、ついつい足が向いてしまいます。気がつくとアルバムは、目で見る俳句のような写真でいっぱいになっています。いずれも駄句ばかりですが、これからもこの畑を耕しつづけ、もっともっと美味しい野菜が採れるのを楽しみにしています。
前にも書きましたが、東京・八王子市にある高尾山も、わたしにとっては大事なフィールドの一つです。最初は健康のための山登りでしたが、あとからくる「ウサギ」たちに次々と追い越されるうちに、「カメ」の言いわけにカメラを持ってゆくことを思いついたのでした。そうするうちに、いつしか高尾山は筆者のアトリエ、わがフィールドになっていたのです。わたしにかぎらず、自然派といわれる写真家たちは、例外なく自分のフィールドを持っています。私の友人である桜井保秋さんは東京・羽村市に住んでいて、奥多摩地方に古くから伝わる祭りや行事を撮りつづけていますが、彼がもっとも力を入れているのは玉川上水の写真です。
この用水路は。。いまから三百五十年前、江戸の水不足を解消するため、奥多摩の山々から流れ出す多摩川の水を、羽村から四谷の大木戸まで引こうと計画されたもので、武蔵野を突っ切る四十三キロを、わずか八ヵ月たらずで掘り上げたといわれています。この玉川上水は、いまでは都会の風景の中にすっかり埋没し、ごく一部に面影をとどめるだけとなりました。雑木林をぬって流れる小さな流れに羽を休める水鳥たち、土手は野草の宝庫です。川沿いの遊歩道は都会で生きる人たちの憩いの場になっています。桜井さんは、いまや筋の自然となり果てた玉川上水をフィールドに、季節の移ろいをカメラに納めています。
2013年3月30日土曜日
2012年12月25日火曜日
高額に及んだ治療
Yさんは結婚してなんと三ヵ月から、義父母に「(妊娠しないのは)どこか身体がおかしいんじゃないか」と迫られ、不妊治療に通院せざるを得なかったそうだ。最初に出会った不妊治療医のため、かえって卵管に重大な損傷を受けた。その後医者をかえたが、以来五年間、次々に開発される不妊治療を、すべてにわたって受け続けてきた。その彼女が、これまでの治療について、具体的に次のように説明してくれた。
不妊治療のための検査や治療を受けた病院は一〇ヵ所で、話だけ聞きにいったのは二ヵ所。治療は、一九八四年から一九八八年まで行なった。最初の一年は、近くの医院で不妊かどうかの観察治療。二年目は、少し離れた検査設備の整った病院や時には県外の病院に通院し、様子観察および不妊検査、後半は漢方薬や鍼灸治療も加わる。
三年目は、前半は不妊治療が優秀だと評判の遠くの大学病院へ、後半はその大学系列の自宅近くの総合病院で不妊治療を受けた。四年目前半は、前年に引き続き同じ総合病院で、後半は不妊治療で有名な遠くの個人病院へ、夫婦間人工授精(AIH)を受ける。五年目には、前年に続き、遠くの個人病院でAIH治療を、また一度ギフト法(配偶子卵管内移殖法)の体外受精を受けるためにA市の病院へ行った。
この五年間には、遠い病院や近くの病院、また高額に及んだ治療や簡単な治療などいろいろあった。さらに、そのような不妊治療で有名な病院には、わらにもすがる思いで女性たちが殺到するから、診察の待ち時間も相当なものであった。それらをすべてひっくるめて、通院した日数は四〇〇日、平均すると一回分は四時間四〇分をかけ約三OOO円也を払って治療を受けたことになる。しかも一日がかりの通院が月に平均で八日。そのうえ次回治療は自分の排卵、月経周期に左右されるわけだから、必ずしも定まったものではなく、アルバイトどころか、人と会う予定さえまったく立てられなかった。
そして最後に、「これまでかかった費用や、月経を確認するたびにまた、だめだったと、落ち込んでしまうつらさも、それから人工授精の苦痛や所要時間の浪費ももう慣れた。しかたがないと思う。けれども、それより、何よりもつらかったのは、身近な義父母など夫の親族たちから与えられる『不妊女は女じゃない』という有言、無言の抑圧だった」と語っている。
一九八九年の初秋、国立婦人教育会館で開かれた国際女性学会で女医レナーテークラインさんは、「現在、女性の身体にほどこされている不妊のための生殖技術の成功率は、ほんの四%だ」と報告してくれた。一〇〇人受けて、たった四人しか成功しない。それについてY子さんは、「高い数字を引き出すために、体外受精では対象女性の身体状態について何度も何度も検査やチェックをし、ちょっとでも受精確率が低いと考えられる因子が見つかれば、即刻追い返された」と語った。
不妊治療のための検査や治療を受けた病院は一〇ヵ所で、話だけ聞きにいったのは二ヵ所。治療は、一九八四年から一九八八年まで行なった。最初の一年は、近くの医院で不妊かどうかの観察治療。二年目は、少し離れた検査設備の整った病院や時には県外の病院に通院し、様子観察および不妊検査、後半は漢方薬や鍼灸治療も加わる。
三年目は、前半は不妊治療が優秀だと評判の遠くの大学病院へ、後半はその大学系列の自宅近くの総合病院で不妊治療を受けた。四年目前半は、前年に引き続き同じ総合病院で、後半は不妊治療で有名な遠くの個人病院へ、夫婦間人工授精(AIH)を受ける。五年目には、前年に続き、遠くの個人病院でAIH治療を、また一度ギフト法(配偶子卵管内移殖法)の体外受精を受けるためにA市の病院へ行った。
この五年間には、遠い病院や近くの病院、また高額に及んだ治療や簡単な治療などいろいろあった。さらに、そのような不妊治療で有名な病院には、わらにもすがる思いで女性たちが殺到するから、診察の待ち時間も相当なものであった。それらをすべてひっくるめて、通院した日数は四〇〇日、平均すると一回分は四時間四〇分をかけ約三OOO円也を払って治療を受けたことになる。しかも一日がかりの通院が月に平均で八日。そのうえ次回治療は自分の排卵、月経周期に左右されるわけだから、必ずしも定まったものではなく、アルバイトどころか、人と会う予定さえまったく立てられなかった。
そして最後に、「これまでかかった費用や、月経を確認するたびにまた、だめだったと、落ち込んでしまうつらさも、それから人工授精の苦痛や所要時間の浪費ももう慣れた。しかたがないと思う。けれども、それより、何よりもつらかったのは、身近な義父母など夫の親族たちから与えられる『不妊女は女じゃない』という有言、無言の抑圧だった」と語っている。
一九八九年の初秋、国立婦人教育会館で開かれた国際女性学会で女医レナーテークラインさんは、「現在、女性の身体にほどこされている不妊のための生殖技術の成功率は、ほんの四%だ」と報告してくれた。一〇〇人受けて、たった四人しか成功しない。それについてY子さんは、「高い数字を引き出すために、体外受精では対象女性の身体状態について何度も何度も検査やチェックをし、ちょっとでも受精確率が低いと考えられる因子が見つかれば、即刻追い返された」と語った。
2012年9月26日水曜日
モノの「ゆたかさ」からココロの「ゆたかさ」 へ
従来の考え方に従いますと経済学とは「人間の生存のための収入、所得、財政支出などの経済的な条件を検討するものである」といった常識がありました。しかし、「人間のココロ」に触れる、という問題を取り上げようとしますと、「人間のコミュニケーションと文化の発展のための経済的な条件を吟味する」ことが求められましょう。
ここでは「文化を充実させ享受しようとする消費者、企業、芸術文化関係者、自治体、政府はどのような経済行動を行うか」を多方面から探ってみました。また、J・ラスキンなど芸術や文化の経済学を創造してきた先駆者たちの考え方や現代における「生活の芸術化」への傾向など、いくつかの興味のある論点を付け加えて文化経済学の全体像を描き出すよう努力しました。
福沢諭吉以来、『学問のすすめ』には著者の教育への思いが込められています。この本では、文化経済に関心をもつビジネスマンや芸術文化関係者だけでなく、これから経済学や財政学を学習してみようと考えている学生諸君や市民の「経済学入門」ともなりうるように心掛けました。さらに学習を深めたいと考える方々には巻末の参考文献解題を御参照いただければ幸いです。
最近の企業や官庁における人間関係の特徴は一緒に仕事をしていても相手が「何を考えているのか」がわからない、ことにあると言われています。昔は「心に鎧(よろい)を着せる」という言葉がありまして、対話の相手の本当の気持がわからない、とか、相手の熱意が伝わってこないことに対する当事者の「いらだち」を表現していました。
今どきの若者でしたら最近、源氏物語などの古典ブームの影響もあって「あいつは十二単(ひとえ)だからな」と言うところでしょう。これは、なかなかにして、うまい言い方です。つまり柔らかい絹の着物でも十二枚を重ねれば、正装した本人の「真意を知ることは難しい」という状況を見事に言い当てています。たしかに、「よろい」よりも「じゅうにひとえ」のほうが一見すると優しそうで実に強固な防衛線が張られていることを示す素材としては最適なのではないでしょうか。
ここでは「文化を充実させ享受しようとする消費者、企業、芸術文化関係者、自治体、政府はどのような経済行動を行うか」を多方面から探ってみました。また、J・ラスキンなど芸術や文化の経済学を創造してきた先駆者たちの考え方や現代における「生活の芸術化」への傾向など、いくつかの興味のある論点を付け加えて文化経済学の全体像を描き出すよう努力しました。
福沢諭吉以来、『学問のすすめ』には著者の教育への思いが込められています。この本では、文化経済に関心をもつビジネスマンや芸術文化関係者だけでなく、これから経済学や財政学を学習してみようと考えている学生諸君や市民の「経済学入門」ともなりうるように心掛けました。さらに学習を深めたいと考える方々には巻末の参考文献解題を御参照いただければ幸いです。
最近の企業や官庁における人間関係の特徴は一緒に仕事をしていても相手が「何を考えているのか」がわからない、ことにあると言われています。昔は「心に鎧(よろい)を着せる」という言葉がありまして、対話の相手の本当の気持がわからない、とか、相手の熱意が伝わってこないことに対する当事者の「いらだち」を表現していました。
今どきの若者でしたら最近、源氏物語などの古典ブームの影響もあって「あいつは十二単(ひとえ)だからな」と言うところでしょう。これは、なかなかにして、うまい言い方です。つまり柔らかい絹の着物でも十二枚を重ねれば、正装した本人の「真意を知ることは難しい」という状況を見事に言い当てています。たしかに、「よろい」よりも「じゅうにひとえ」のほうが一見すると優しそうで実に強固な防衛線が張られていることを示す素材としては最適なのではないでしょうか。
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