宅地開発要綱の制定は、高速道路の地下化とともに、企両調整局の生まれた最初の年に行なった二つの大きな仕事だった。これが市の強い姿勢のもとに、とにかく動きだす。その後の一二年間のあいだに、これによって市のうけた財政的利益だけでも、計算方法にもよるが、三〇〇〇億円を超えるだろう。もし、こうした制度がなく、法令どおりでやっていれば、市は完全に破産したか、すべての事業をストップせざるをえなかったところであった。
線引きの実情とは総合土地調整のチームにとって、次の大問題は、昭和四四年から施行された新しい都市計画法による「線引き」であった。「線引き」とは、昭和四四年から施行された都市計画法により、市街化を促進すべき「市街化区域」と、市街化を抑制すべき「市街化調整区域」の二つに区分しようという制度である。「線引き」は、わが国の土地利用法制史上、初めて実効ある手法をもちこんだ点で、問題点はあるものの評価すべき制度である。私権さえあれば、どこでも開発できるという野放しの土地利用に、歯止めをかけようというものであった。
こうした法律は、いつもそのあとで制定される政令、省令、そして主務官庁である建設省からだされる通達にょって運用され、せっかくの制度も有効活用ができず、地域に応じた戦略論や政策論のない機械的な適用になってしまう。他のほとんどの自治体では、そうした形で線引きが進行していた。というのは、所管する部局は、。建設省の都市局系列にあり。自治体内ではタテ割りの一部局にすぎないから、都市全体としての戦略論、政策論をもちえないし、また他部局からも口がだせない。
といって市の上層部も、主務官庁の通達にもとづいて行なっていれば、もっとも無難であり、これまた政策論をもたず、タテ割り部局の案に、若干の政治的妥協を加えるだけで、政策としての議論がされないままになってしまう。むしろ中央官庁の基準が、見とおしのない無秩序の政治的な圧力を、最低水準ながら防いでいるともいえよう。
このとき、もし横浜市がなんの政策ももたないで、建設省通達で線引きを横浜市の線引き戦略とすると、市内のごく一部をのでいて九〇%以上は市街化区域になってしまっただろう。すでに横浜市は東京方面からの鉄道、道路が何本も入っているし、まとまった大きな山地もない低い丘陵で、物理的にはどこでも開発可能だったからである。
2015年9月5日土曜日
新商品開発力の格差
新商品開発力の格差を、単に金融技術力の差として捉えることはできません。私の出身銀行をふくめ邦銀の金融技術力や人材の質はあまり遜色がないのですが、外資系の強味は、シカゴのトレーダー、ヘッジファンドのマネージャーなどを含むグローバルな市場参加者とのネットワークを築き、彼等との日常的なコンタクトを通じて、どのような商品にはどこでニーズがあるかを知り、それをデザインし、商品化し、在庫管理できる総合力にあると思います。また資本配分の機能をもつ債券市場での大規模な取引で得られる情報の質と量は、米系投資銀行の競争力優位の基盤になっていると思います。
同氏はその才能と人柄を惜しまれながら急逝した。「米系投資銀行と邦銀とでは、プロと草野球ほどの違いがある」と断じるC氏は、邦銀で役員を勤めた後、著名な英国マーチャントーバンクの日本代表を経て、米国投資銀行Yの日本法人社長となった。それゆえ、以下に紹介するマーチャントーバンク、米国投資銀行、そして邦銀の比較論は、彼の実体験に裏づけられている。
英国のマーチャントーバンクが、相次いで外資の軍門に降ったのは、グローバルなレベルで競争する意欲、資質が経営者に欠けていたからです。ビッグバン以降、自由化、国際化が進展するなかで、彼等は適切な施策を講じませんでした。マーチャントーバンクは過小資本で、大きなリスクをとれなかったのです。
また、債券部門、とくにトレーディング部門が軽視され、新しい金融商品の開発力の弱さにつながったと思います。デリバティブに対する認識やリスク管理能力も著しく低いものでした。企業体として管理・組織面の弱体、コンピューター化の遅れなども目立ちましたね。
大陸系金融機関は資本力を生かして買収を積極的に行い、経営の中核に市場部門のプロを据えるなど企業文化を大胆に米国型に変えつつ、総合金融サービス機関へ脱皮しています。本邦金融機関は、不良債権処理に追われて、まだグローバルな戦略を描くまでに至らないが、大陸系金融機関の戦略に学ぶべきだろうと思います。
同氏はその才能と人柄を惜しまれながら急逝した。「米系投資銀行と邦銀とでは、プロと草野球ほどの違いがある」と断じるC氏は、邦銀で役員を勤めた後、著名な英国マーチャントーバンクの日本代表を経て、米国投資銀行Yの日本法人社長となった。それゆえ、以下に紹介するマーチャントーバンク、米国投資銀行、そして邦銀の比較論は、彼の実体験に裏づけられている。
英国のマーチャントーバンクが、相次いで外資の軍門に降ったのは、グローバルなレベルで競争する意欲、資質が経営者に欠けていたからです。ビッグバン以降、自由化、国際化が進展するなかで、彼等は適切な施策を講じませんでした。マーチャントーバンクは過小資本で、大きなリスクをとれなかったのです。
また、債券部門、とくにトレーディング部門が軽視され、新しい金融商品の開発力の弱さにつながったと思います。デリバティブに対する認識やリスク管理能力も著しく低いものでした。企業体として管理・組織面の弱体、コンピューター化の遅れなども目立ちましたね。
大陸系金融機関は資本力を生かして買収を積極的に行い、経営の中核に市場部門のプロを据えるなど企業文化を大胆に米国型に変えつつ、総合金融サービス機関へ脱皮しています。本邦金融機関は、不良債権処理に追われて、まだグローバルな戦略を描くまでに至らないが、大陸系金融機関の戦略に学ぶべきだろうと思います。
2015年8月6日木曜日
スーパー地銀の誕生
前置きが長すぎたかもしれない。日本の金融市場における外資の動向を見る前に、まず検証しておかなくてはならないのは、九〇年代半ばになって、ふたたび加速し始めた新たな金融再編の流れであろう。
九八年四月六日、全米第二位の銀行持株会社シティコープとトラベラーズーグループとの対等合併が発表された。トラベラーズは、損害保険、生命保険、投資銀行業務、リテールの証券業務などを行う企業が、合併や買収などで一体化し形成された、多様な金融サービスを提供する企業体であり、金融コングロマリットと呼ばれる。
これによって、八〇年代半ば以来、内容はともかく資産規模だけは世界最大という日本金融機関の地位も失われた。シティコープのリード会長とトラベラーズのワイル会長という米国金融界の大物二人ががっちりと手を握る写真、そして同じ頃、貸渋り問題で国会に呼び出されて無気力に一斉に頭を下げている大手邦銀の頭取たちの写真が新聞に載っているのを眺めたとき、世界的にうねりをみせる金融再編成の波の中で、日米金融機関がおかれている立場の違いをまざまざと感じさせられたものである。
当時、トラベラーズは、ソロモンを買収して傘下のスミスバーニーと合体させたばかりであり、その余勢をかって日興謐券の中核部分まで手中に収めてしまった。その翌週には米銀上位十行中の四行を巻き込む二件の合併が発表された。
まずカリフォルニアのバンカメリカ(アメリカ銀行の持株会社で九九年四月に「バンクーオ リブーアメリカ」と改称)とノースーカロライナのネーションズ・バンクの合併によって、マクファーデン法(州際業務規制)で分断されていた米国の金融システムの中に、預金量全米第一位、総資産五七〇〇億ドル、株主資本四五〇億ドルの全国規模の銀行が誕生することになった。
九八年四月六日、全米第二位の銀行持株会社シティコープとトラベラーズーグループとの対等合併が発表された。トラベラーズは、損害保険、生命保険、投資銀行業務、リテールの証券業務などを行う企業が、合併や買収などで一体化し形成された、多様な金融サービスを提供する企業体であり、金融コングロマリットと呼ばれる。
これによって、八〇年代半ば以来、内容はともかく資産規模だけは世界最大という日本金融機関の地位も失われた。シティコープのリード会長とトラベラーズのワイル会長という米国金融界の大物二人ががっちりと手を握る写真、そして同じ頃、貸渋り問題で国会に呼び出されて無気力に一斉に頭を下げている大手邦銀の頭取たちの写真が新聞に載っているのを眺めたとき、世界的にうねりをみせる金融再編成の波の中で、日米金融機関がおかれている立場の違いをまざまざと感じさせられたものである。
当時、トラベラーズは、ソロモンを買収して傘下のスミスバーニーと合体させたばかりであり、その余勢をかって日興謐券の中核部分まで手中に収めてしまった。その翌週には米銀上位十行中の四行を巻き込む二件の合併が発表された。
まずカリフォルニアのバンカメリカ(アメリカ銀行の持株会社で九九年四月に「バンクーオ リブーアメリカ」と改称)とノースーカロライナのネーションズ・バンクの合併によって、マクファーデン法(州際業務規制)で分断されていた米国の金融システムの中に、預金量全米第一位、総資産五七〇〇億ドル、株主資本四五〇億ドルの全国規模の銀行が誕生することになった。
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