2014年12月5日金曜日

乱世の雄・治世の雄

『スカルノとスハルト偉大なるインドネシアをめざして』白石隆岩波書店、英雄が時代を創るのか、時代が英雄を生むのか、古くて新しい関心である。社会の基盤が揺らいで未来が不透明な「乱世」においては、傑出した指導力と行動力をもつ英雄が権力と権威を手にして時代を切り拓いていく。「治世」にいたれば未来は予測可能となり、現世を安定的に統御する社会的要請が生まれ、それに応えて新しい指導者が輩出するのであろう。

乱世においては乱世の、治世においては治世の時代を担うにふさわしい人物が登場して歴史が紡がれていく。東アジアの指導者、毛沢東、朴正煕・全斗煥と盧泰愚・金泳三も、そうした観点からの対比が可能なように思われる。インドネシア建国の半世紀を担った英雄がスカルノとスハルトである。本書は二人の思想と行動を現代史に縦横にからませて語った著作である。乱世を背景に登場した理想主義的な革命家としてのスカルノ、安定と開発をめざした治世の政治家としてのスハルトの人物像の中に、現代インドネシア史を臨場感をもって浮かび上がらせている。

社会的安定性を維持しながら経済開発を成功させようという権威主義的な開発のスタイルがスハルトのものであり、現実主義的な彼はその追求に少なくない成果を勝ち得た。しかし、スハルトの治世下で育った中産層や学生たちはこの重苦しい権威主義体制から逃れようとしている。その社会的摩擦が、スカルノの長女メガワティの民主党総裁選出に端を発した一九九七年七月のジャカルタでの暴動であったという。

ここではスハルトのアンチテーゼとしてスカルノが「記号化」されている。このインドネシアの動向は、改革・開放の経済的高揚期の中国において毛沢東が、政治的民主化時代の韓国において朴正煕が「再評価」の対象になっている事実と通底している。インドネシアが、そしてアジアが建国の英雄たちの呪縛から自由になることはまだ容易ではないようである。