2015年6月5日金曜日

業務の属人化

「同期とは今でも2ヵ月に一度は飲みに行きます」と言う。彼は2009年卒で、氷河期のさなか、やっと決まった就職先だった。気のおけない同期にも恵まれ、順風満帆に見えた社会人生活の始まりだったが。「入社して、営業部の課長の下に配属になりました。60歳ぐらいの方です。当然、色々仕事をやっていくものだと思っていたら、入社当日からなにもないんですよ。本当になにもない。仕事を振られるわけでもないし、なにか指示されるわけでもない。ぽんと、ただひたすら自分の席に座ってる状態ですね。朝会社に行くと取引先からFAXがきてるんです。自分が一番下っ端なので、まわりに配る。仕事って言えばこれぐらいです。こんな状態が、毎日続きました。

『なにかお手伝いできることないですか?』つて課長に聞くんですけど、毎回『今はない』『特にないな』つて言われちやうんです。課長本人も、いつも定時にはササーツと帰ってましたし、かなり暇してたんじやないでしょうか。そんなある日、事件が起きました。違う課の30歳ぐらいの先輩が『色々やらないと覚えられないからね』つて仕事を振ってくれたことがあったんです。ちょうど入社したばかりで、私自身担当の仕事もなかったし、喜んで引き受けました。お昼ごろ、その先輩からもらった仕事を処理してたら、私の上司である課長が来て『なにやってんだ』つて聞くんですよ。『○○さんから頼まれた仕事をしていて』つて説明したら、急に課長が怒り始めたんです。

フロア中に響き渡る声で、その先輩に向かって『俺の部下に勝手に指示するんじやない。自分の仕事を押し付けてサボるつもりか』つて。一瞬で社内が凍りつきました。『俺が指示した以外の仕事はするな』つて、私もこっぴどく怒られました。上司は、普段はどちらかというと穏やかなおじさん。そんな人があんなふうに怒鳴るなんて、本当に驚きました」しかも、事態はこれだけでは終わらなかった。「それ以来、まわりの先輩達が私に仕事を振りづらくなっちゃったんです。ただでさえ新人で、担当業務もない状態だったのに、まわりから何も教えてもらえなくなってしまって。

その先輩も、忙しかったっていうのもあるだろうけど、私に仕事を押し付けてサボろうとしてたわけじゃなくて、仕事がないのならなにかさせたほうが本人のためだろうからって気持ちで仕事を任せてくれたんだと思うんですよね。それがこんなことになるなんて」「俺の部下に勝手に仕事を与えるんじゃない」と課長がキレたエピソードは、まさに「他部署のことは関係ない」「自分の仕事さえやればいい」という見えない壁が存在する縦割り組織を象徴する出来事だ。海保さんが他部署の仕事を手伝う行為は、よくよく考えてみれば、そこまで問題があるとは思えない。海保さんは暇を持て余している状態だったし、上司もそのことを把握していた。むしろ他部署にとっては業務の負担を分担できるということであり、海保さんにとっては絶好の実地教育を受ける機会にもなったからだ。ずっとではなく一時的であれば、他部署の手伝いをさせてもかまわなかったのではないか。

しかし、縦割り体質の組織内では、こんなちょっとした他部署の手伝いだったとしても、大きな問題になってしまう。また、海保さんはこのようにも語る。「専門商社は個人商店の集まりみたいなものですから、どうしても各個人の得意分野ができてしまって、それ以外のテリトリーのことはやらない、まわりのことは全然知らない状態になっちゃう部分もあります。『あの人の担当商材は△△』『あの人は○○と口□』ということぐらいは分かるんですけど、具体的にどんな仕事をしてるかっていうと全然分からない」個人が業務を抱え込んでしまい、他者が関与できない状況にあることを、業務が属人化している状態と呼ぶ。